社内備品とうなぎパイ

アニメとか漫画とかゲームとか映画とか

ヒトノキモチ、カンガエラレルヒト、ナリタイ

普通に生活していてふと頭に浮かぶフレーズというものがありまして、今日の場合はそれが「お前、生きて腸まで届くタイプの乳酸菌の気持ち考えたことあるのかよ」だったんだというただそれだけの話をするためにこうやって文字を打っています。乳酸菌ってそもそもなんなの、って思うんですよ。乳+酸+菌。まず菌であることは確実じゃないですか。そんでそいつが酸性だってことでしょ。で、乳ってことは乳製品。もうヨーグルトしか思い浮かばないよね。酸っぱい乳製品つったらヨーグルトしかないもの。ここまで考えて初めてあ、あいつ菌だったんだ、って思うわけ。小さなころ公園で一緒に遊んでたアイツ、男だと思ってたけど今改めて考えてみたら女の子だったな、って気付く感じ。道理で連れション誘ってももじもじしてたわけだよ、ってな。
で、それと同時にヨーグルトって生きてるとか死んでるとかあるの、とも思うよね。死んだヨーグルトって言われると気分的にもやっとするものがあるけど、我々が普段から食べてるものはそもそも大概死んでるわけですから、肉だって魚だって野菜だってなんだって死骸なんだからね! そうやって考えると生きたまま腸まで届く乳酸菌の方が異端なんじゃないの、って思うわけだよね。
だいたい、生きたまま腸まで届いて何ができるのかという疑問があるんですよ。今までいた心地のいい場所から急にヒトの体内というわけのわからんところに放り込まれて、胃酸を浴びながら体が弱ったり時には仲間と死別したりして、そしてたどり着いた腸内フローラで善玉菌として働けって言われるわけ。捕虜じゃん。ビルマの竪琴みたく「オーイ、ミズシマ、イッショニ、ニッポンヘカエロウ」って覚え込ませるインコもいなければそもそも帰れる場所もないわけ。もうしょうがないから善玉菌として働くしかないよね。腸内フローラを悪玉菌、日和見菌と共存しながら生きていくしかない。研究所で培養されて最終的な終着点が人体内の腸内フローラで陣取り合戦ですよ。戦わせるためだけに生まれて来た的な存在。古代ギリシャのスパルタみたいな感じ。いやちょっと違うけどでもなんかそんな感じのやつ。
もう疲れたし下らなくなってきたからやめたいと思うんだけど、もうここまで考えたら河川敷で「お前、生きて腸まで届くタイプの乳酸菌の気持ち考えたことあるのかよ」て言われても「ああ…あるよ…あいつらも俺たちと同じ、寂しい奴らだ…」って返したあと、抱き合って涙流しあえるわけよね。また私は一つ弱点が少なくなりました。


仕事捗らないしこんなことばっかり考えてしまう。もう人とちゃんとコミュニケーション取れる気がしない。もうおうちに帰りたい。

Mステ見て泣く日が来るとは思わなかった

BUMP OF CHICKENが地上波に出る、というニュースを聞いて、文字通り飛び上がったのは多分私だけじゃなかったと思う。だいたい、日本のバンドが音楽番組出るよ〜、ってことがYahooニュースになるってまずおかしいから。それぐらいすげえことだった。BUMPがミュージックステーションに出るってことは。


もう打ち込むのめんどくさいんでBUMPって略しちゃいますけど、中学生の頃の私の生活はBUMPが中心だった。BUMPが出る雑誌は全部買って切り抜いてファイルに保存したし、BUMPが出ているラジオは全部録音してテープが摩耗するまで聞いた。CDも全部買ってMDに入れてクソほど聴いて、聴きすぎてMDが擦り切れるから2代目のMDとかも作ってた。BUMPが毎週日曜日にやってるポンツカっていうラジオ番組があるんですけど、これについてはもうメンバーのやり取りを一通り暗唱できるくらい聞いていた。文字起こしとかしてた。その時間で勉強してたらもっと頭良かったかもしれない。インディーズ時代のDVDを探して駆けずり回ったこともあった。勉強しろ。

何がそんなに私を駆り立てたのか正直よくわからない。わかんないんだけどとにかく中学生の頃の私にとってBUMP OF CHICKENというバンドは神様みたいな存在だった。というか、思い込みかもしれないけれど私が思っていることを音楽とかインタビューとかで代弁してくれているような気がしていた。

積み上げるのは大変だけど、壊れるのは一瞬だと知ったのが中学生の頃だった。ゼロから積み上げて壊れてゼロに戻るのではなく、マイナス100,000,000,000になる可能性もある恐怖というか、そもそも積み上げていたと思っていたものがその実何も積み上がっていなかったことに気付く恐怖というか。中学生だった私はその恐怖から逃げたくて、まあ逃げたいとか言っても学校には通わなくちゃという意識はあったんだけど、人に近づいて傷ついたり傷つけたりしながら生きるよりも、誰にも必要以上に近寄らずにひっそり生きることを選びたいと思った。そのほうが怖くないから。

まあ要するに、BUMPの曲の中にTitle of mineという曲があって、それが中学生のころの私にとってどストライクだったという話なんですけど、え、この歌詞私いつ書いたっけ? ってくらいに余すところなく歌詞が私自身だった。いや、絶対的に思い込みなんだけど、当時の私にとってはまさに神業みたいな出来事で、こんな心を見透かすような曲を作る人には一生抗えないなと強く強く感じた。

そのうち他にも好きなバンドとかができ始めて、そんなにBUMPBUMP言わなくなっていったんですが、この間のミュージックステーションを見て、あの頃の感情が、あの神様の存在を感じたあの時の気持ちが一気に蘇ってきて、いい大人が大号泣した。これも全然思い込みだしそもそもなんでかはよくわからないけど、なんとなくあの頃の私が救われているような気がして、今までの自分を肯定されたような気がした。

気のせいでも思い込みでもいい。

雑記

勝手に決めるな、と言いたい。


先週はいつの間にかお客さんとの会議を入れられていて、その時間に次の日の訪問に必要な資料を作るはずだった私の計画は崩れた。この間は勝手に接待の予定を突っ込まれ、昨日も勝手に予定表に会議を入れられた。
私の行動を私の了承も得ずにコントロールしようとするんじゃねえ、と言いたい。


だいたい、勝手に決める人が多すぎる。幸せの基準とかは特にだ。
私は自分自身を幸せだと思っているのにグイグイもっと幸せになれるよ論を展開してくる宗教勧誘みたいな人の多いこと多いこと、そういう人がいなくなるだけでいくらかストレスも減るんじゃないかと思う。だいたい幸せなんて比較でしか測ることのできないふわふわしたものを、世話焼きなんだかなんだか知らないけど勝手にオリジナル物差しで計測して、辛いでしょとか寂しいでしょとか悲しいでしょとかもっとこうすれば幸せになれるよとか楽しくなれるよとか、私いつあなたに人生相談しましたか? 状態。私の気持ちを私の了承も得ずにコントロールしてる気になってるんじゃねえ、と言いたい。


私は私の好きなことしかしないし、好きなことばかりやってるこの人生は幸せだと思っている。そのせいで迷惑かけられてます、という苦情なら真摯に聞くけれど、そのままじゃダメだよぉ、みたいな話は本当に聞きたくない。うるせえなとしか思わない。お前は私の人生の赤ペン先生なのか? いつ採点しろと頼んだ?


自分と違う他人を否定することで自分が優位に立ちたいとか、自分を肯定したいだけなんじゃないの?

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最近はこんなことばかり考えている。他人に対して思っていることでもあり、自分に対して思っていることでもある。数値ではっきりと大小のわかることばかりではなく、多くのことはふわふわとしていて基準のないものばかりで、他の人や過去の自分と比較することでしかわからなくなってしまうことだらけだ。そこに否定されたくないとか優位に立ちたいとかの欲も混ざり合って、何だかわけのわからない何かに追い立てられているような、そんな気がしてならない。あなたのためを思って、なんて、何ておこがましい言葉だろう。そう言うことで自分を守っているのだ。自分しか守れない言葉を、あたかも目の前の人を守るかのように使ってばかりだ。


こんな格好悪い生き方しかできないんだろうか。四半世紀も生きてきて、こんな風にしか。

キモいって言われた方はな ずっと根に持ってんねんぞ

部署内の人間が私以外全員入れ替わるというミラクルが起こり、また新たな人間関係構築からスタートしている。何度でも何度でも立ち上がり言うけれど私は別に人見知りではない。私という人間を周りの人が見知るのである。

【休日の話をする場合】
「○○さんって休日どんなことしてるんですか?」
「この間は表参道ヒルズに行って原宿とかぶらぶらしてました」
「へー! 何しに行ってたんですか?」
光浦靖子のブローチの企画展見に」
「え?」
光浦靖子のブローチの企画展見に」
「へ、へー…」

『男子がもらって困る・子供がもらって、そうでもない ブローチ展』
http://www.wwdjapan.com/life/2014/05/25/00012053.html


【映画の話をする場合】
「この間アナと雪の女王観に行ったんですけど、歌ハマっちゃいましたよ」
「ああ、私も観ました。歌すごい良かったですよね。ストーリーはラプンツェルの方が好きでしたけど」
「へー! 結構観てますね。○○さん映画好きなんですか?」
「話題作はとりあえず観たいって感じですねー」
「ふーん。今ちなみに観たい映画ってなんですか?」
「チョコレートドーナツ」
「え?」
「チョコレートドーナツ。単館。」
「何て?」
「だから、チョコレートドーナツ」

『チョコレートドーナツ』
http://bitters.co.jp/choco/


【漫画の話をする場合】
「最近面白い漫画ないかなーって探してるんですけど、何かおすすめの漫画あります?」
「あれ面白いですよ。弱虫ペダル
「あー名前聞いたことあるかもしれない。どんな話なんですか?」
「自転車めっちゃこぐ話です」
「はあ」
「だいたいストーリーの中の9割5分くらいは自転車こいでますね」
「それ面白いんですか」
ONE PIECEだってストーリーの中の9割くらいは海か海的なところにいるでしょ」
「それとこれとは違うんじゃ」
「同じですよ」
「乱暴」


弱虫ペダル
http://ja.wikipedia.org/wiki/弱虫ペダル


【音楽の話をする場合】
「この間フェス行ってすごい筋肉痛になりました」
「えっ、○○さんフェスとか行くんですね。どんなバンド出てたんですか」
ウルフルズとかきゃりーぱみゅぱみゅとかPerfumeとか」
「へー!」
MAN WITH A MISSIONとかサカナクションとか」
「あっ知ってる! いいなー! 楽しそうですね!」
「楽しかったですよ。ウルフルズでガッツだぜ! コールしたりとか」
「うんうん」
「あと40代で死にたい」
「えっ」
「他のバンドでは40代で死にたいって叫びました」
「えっ…へえ…」

『TOKYO METROPOLITAN ROCK FESTIVAL2014』
http://metrock.jp/


【ゲームの話をする場合】
「今度ウイイレ大会するんだけど来る?ってかゲーム得意?」
「ゲーム好きですけど、ウイイレは苦手なんですよね」
「へー、ゲームやるんだ。どんなのするの?」
「最近は時間がなくて全然できないんですよ。キャサリンアサシンクリード2PSPペルソナ2メガテン4がプレイ途中で」
「何語?」
ポケモン新作はYを買ったんですけどこれも一旦チャンピオンロードで止まっちゃってます」
「そこまでいけばいいんじゃないの?」
「厳選やってみようかなと思ったんだけどそれも時間なくて保留になっちゃってるし」
「厳選って何?」
「先輩からレーシングラグーン借りたのにこれも全然できてないし」
「なんで時間ないのに借りるの?」
「そんなんなのにこの間ペルソナQ買っちゃったんですよ。発売して3日も経つのにこれも進められてないですね」
「ちなみに3日間で何時間やったの」
「15時間くらいです。社会人になると時間なくて嫌ですよね」
「キモい」
「ちなみにこの世で一番好きなゲームはゼルダの伝説ムジュラの仮面です」
「聞いてないしキモい」


ゼルダの伝説 ムジュラの仮面
http://www.nintendo.co.jp/n01/n64/software/nus_p_nzsj/



孤独死する未来しか見えない

Funny Bunny

私は彼女のことを名前で呼んだことがなかった。ねえ、あのさ、ちょっと、聞いて、いまだいじょうぶ? ありとあらゆる言葉で彼女に呼びかけたけれど、どうしても名前だけは言うことができなかった。それは私の心のせいで、彼女のせいでは一切ない。私は私を守るために、きっと幾度となく彼女を傷つけた。


私は彼女の目をちゃんと見たことがなかった。話したり笑ったり怒ったりいろいろな感情をぶつけてきたけれど、目を見て話すことはいつまで経ってもできなかった。あのとき彼女がどんな顔をしていたのか私は知らない。あのとき彼女が傷ついていたかどうかなんて、私は知らない。


彼女だけではなく、誰に対しても、私は名前を呼ぶことができず、目を見て話すことができなかった。何も悟られたくなかったし、何も知りたくなかった。目の前の人が何を考えているかなんて、そんなことを感じ取るなんて恐ろしいことだった。同時に、自分が考えていることを知られることも同じくらい恐ろしいことだった。私の考えていることが人に知られれば軽蔑されると思ったし、他の人も私と同じようにきっと恐ろしいことを考えているに違いないと思っていた。名前を呼べば心を読まれるだろう、目を見れば頭の中を覗き込まれるだろう。名前を呼ばれたら心が読めるだろう、目を見れば頭の中が見えるだろう。


目は前髪で隠して、耳はヘッドホンで塞いだ。机に向かい絵や文字を紙に書き散らかして毎日を潰した。自分だけの庭で、自分だけにしか見えない何かを育てて、自分だけしかいない空間で過ごしていた。私と私以外の人の間には半透明の壁があって、そのうち何を言われても何をされても何とも思わないようになっていた。私には私を守る壁があるから大丈夫。もう何も気にしなくていいんだよ。私は私に言い聞かせて、私は私の世界のために、私は私以外の人たちの世界のために、この場所から出ないようにしようと思った。


気付いたら私は病院にいて、私の目の前には白い服を着たお医者さんがいた。お医者さんは私の手を取って何かを言っていたけれど、私には何と言っているのかわからなかった。頭にはたくさんコードがつながっていて、部屋はクラシックとピッピッピという小鳥のさえずりみたいな音が混じり合っていた。「眠りなさい」と声がする。「眠りなさい」「すこしのあいだ、ねむりなさい」



夢の中の私はいつだって空を飛んでいた。彼はそれを上昇志向の表れだ、と言って称えた。僕はいつだって落ちる夢ばかり見るんだ。自分に自信がないからね。そんなことないよ。今が幸せだから、それを失うのが怖いんだ。そんなことあるわけないよ。いつだって不安だ。なんで? なんでだろう、漠然と不安なんだよ。理由がわかれば落ちる夢なんてきっと見ない。僕だって飛ぶ夢を見たいよ。今まで見たことないからね。
飛ぶのだって、怖いんだよ。そうなの? 足が地面につかないのはすごく怖い。頭上から足元から、360度あらゆる方向に対しても無防備だし、どこにだって行ける気がして、実はどこに行っても何も変わらない気もするんだ。そんなもんかな。抗えない力に連れて行かれるまま、落ちていく方が楽なのかもしれないよ。前しか見ない、みたいな、そういう夢が見たい。そういうこともあるかな。そういうこともあるよ。



私はいつものように起きて、いつものように顔を洗って、いつものように髪の毛をとかし、いつものように制服を着て、いつものように長い髪を束ね、朝食を食べて、いつものように学校に行って、いつものように教室のドアを開け、いつものように自分の席について、いつものように本を開いて、いつものように時間が過ぎるのを待って、いつものように、いつものように、いつものように、


いつものように、彼女におはようといった。
返事は、なかった。


彼女からも誰からも返事はなかった。半透明の壁の中から声をあげても何も届かないし何も聞こえなかった。そんなことがあるんだ。もうどこかに行ってしまいたい。何回だって空を飛ぶから、無防備な私を誰か撃ち落としてほしい。
でももう空を飛ぶ夢も見られなくなっていた。


ある秋の日の木曜日、夜も深まるころに、クラシックの音楽の中で、私が死んだ。死んだときは、天と地が逆転したような感覚に陥って、体が重たく沈んでいった。今日までよく頑張りました、これで終わりです。これからどうなるんだろうね? どうでもいいけど。もうどうだっていい。無責任な言葉も無関心な人たちも干渉してくる過去も靄がかかった将来も楽しかったことも悲しかったこともさびしかったことも嬉しかったことも何もかも、懐かしいあの日のこと、むせ返るような土の匂いとか、べたつく潮風とか、何もかもが私の体を沈ませていく。もう全部どうでもいい。これで終わりです。今日までよく頑張りました。次はもっとうまくやりましょう。



気付いたら私は病院にいて、私の目の前には白い服を着たお医者さんがいた。お医者さんは私の手を取って、「ストレス性のものだね」と言った。私はそんなことあるもんか、と思った。これはどう考えたって、私自身の心のせいだ。性格がねじ曲がってるんだ。マリオカートレインボーロードみたいに。


私はいつものように起きて、いつものように顔を洗って、いつものように髪の毛をとかし、
伸ばさざるを得なかった長い髪を、ざっくり切った。
私は好きなところに行こうと思った。


夢は叶っていた。

飛べない豚はただの豚さ→飛べないウサギさんはお財布いらずのウサギさんさ

週末は海沿いで会社の人たちとバーベキューをしていた。ビールを浴びるように飲み、いつの間にか、気づいたら何故か先輩に促されて後輩のケツを蹴り上げていた。私は少林寺拳法の体験レッスンを受けた際、先生に筋が良いと褒められたことがあり、それ以来蹴りには少し自信がある。痛がる後輩、それを見つめる子供たち、動画を撮りながら大爆笑する先輩たち、そして私の同期は不在。同期のみんな、みんなが社内行事に参加しないから、私はみんなの代表として後輩のケツを蹴り上げています。恨まれるのは私です。夜道で刺されそうになったら助けてください。


その前の週は2日間連続で野外フェスに行っていた。去年は帰り道ヘトヘト過ぎて思考力が低下しており、何故か真・女神転生4を衝動買いしてしまったといういわくつきのフェスですが、今年は何も衝動買いしなかった。それだけで偉いな、と思った。


もう悪いけど何も変わらない。脳の成長が高校生で止まっている。変わっているものといえば肌の調子くらいなもん。死にたい。
頬のリフティング運動を職場でしていたら「顔面痙攣してるよ」と言われたので、やり過ぎもよくないと一瞬思いましたが、これでほうれい線が目立たなくなるんなら全然いい。


フェスで「DQNなりたい! 40代で死にたい!」と叫びまくってきましたが、本当にDQNになりたいし40代で死にたい。私が人生で一番輝いている時に死にたい。


死にたい死にたい打ってて思い出したんですが、しずかったーっていうネガティブ発言を全部ポジティブにするアプリがありまして、イライラしたら最近はそこに悪口を打ち込んでストレス解消してる。下記添付いたします。ご確認お願いいたします。



以上となります。何卒よろしくお願いします。ウォウウォウ。

「逃げましょう。徹夜してはだめ。」「なぜ?僕はもう十分逃げた。ようやく守らなければならないものができたんだ。納期だ」

本日昼休み、まだ見ぬ上司の子どもの名前を考えては、皆でひとつひとつ案を出していくことに夢中になった。


「夏生まれだから、『ひまわり』とかどうですか」
「それじゃクレヨンしんちゃんだよ」
「何か入れたい漢字とかないんですか」
「『優』って字は入れたいんだよねえ」
「じゃあ『優ちゃん』で」
「苗字が一文字だから一文字の名前はちょっとカッコ付かなくない?」
森泉に謝ってください」
「あと武豊にも謝ってください」
「花の名前とか入れたいなあ。女の子だし」
「じゃあ『ゆりか』ってどうです? ゆ、に『優』の字あてるの」
「あ! それいいかもしれない!」
「そんな雰囲気だけで決めていいんですか? 将来『わたしはなんでゆりかって名前なの?』って聞かれた時に、いい感じの名前だったからだよ、って説明することになりますよ」
「大丈夫だよ。『ゆりか、って名前は、わかった! とかひらめいた! っていう意味の古代ギリシャ語のユリイカから来ているんだよ』って説明すれば」
「適当だな」
「じゃあゆりかは保留で…なんかグローバルな名前もいいな」
「マーガレットとか」
「ペネロペとか」
「メアリージュンとか。予定日6月だし」
「もっと普通のやつにして…」
「アンナとか?」
「そうそうそういうやつ」
「ハンナとか」
「だいぶドイツだね」
ジョージ。譲司と書いてジョージ」
「完全に男だね」


何も考えていなさそうな発言が私の発言です。


今年は社員の子どもが3人生まれる。去年は4人だった。めでたさもここまで来るとカンスト状態でもうめでたいのが普通みたいになっており、、私は妊婦が食べ過ぎてはいけない食材をリストでなんとなく覚えた。


私が今日疲れて会社のトイレで眠りこけている間にも、世の中は動いている。もう1ヶ月とちょっとで上司の子どもが生まれるわけなんだから、時間の流れというのはわからないものだ。私が入社した当時、今の上司は同僚で、中途入社の4歳年上で、飲み会のコールマスターで、自分は酒を一切飲まずに人に飲ませるのが大得意だった。私とは家が近かったのでよく会社の悪口を言いながら一緒に帰ったりしていた。人間どうなるかわからないもんだと思う。


明日どうなっているかわからないようなこの世界で、いろいろ考えるのはあまり意味のないことのように思う。今まさに上司が産休入るから鬼のごとき忙しさで他部署のわけわからん要求とかに常時キレそうなんだけど、まあ考えすぎてもしょうがないし、私このまま死んでいくのかな…的な漠然とした不安に苛まれるのも、まあ意味のないことだよな、と最近は思う。


今日上司のエコー写真を見て、そんなことをずっと考えていた。