社内備品とうなぎパイ

アニメとか漫画とかゲームとか映画とか

10年

先日高校の同窓会で、当時の面影が色濃く残る高校時代のクラスメイト達の姿を久しぶりに見ていたら、高校時代の私と会えた。ような気がした。

 

 

今の私は過去の自分が望むような人間になれているのだろうか、とたまに考える。

 

 

高校時代の私が想像していた未来の自分の姿は、少なくとも今の私のような姿ではなかった。あのころの私は絵を描くことが好きで音楽を聴くことが好きで、漫画や本を読むことが好きで図書館が好きで、ラジオを聴きながらいつの間にか眠るのが好きで、毎日学校に行って授業を受けて放課後友達とバカなことを言って笑いあうのが好きだった。大人になったら、これら自分が好きなものに携わる仕事をするのだろうと思っていた。つまり、絵描きとか出版社の編集の人とか、ラジオの作家とか、図書館の司書とか、音楽雑誌のコラムを書く人とか、学校の先生とか、自分はそういうものになるんだと、疑いもせず思っていた。

 

 

私はいつの間にか大人になったし、あの時思い描いていた未来の自分はどこにもいない。同窓会で見つけた高校時代の私は、今の私を見て何を思うのだろう。絶望するのだろうか、それとも安堵したりするんだろうか。

 

 

あの時めちゃくちゃ悩んでいたことがなんだったのかを忘れて、あの時死ぬほど好きだった男の子の好きだったところが何かも忘れて、クラスメイトの顔も名前もあの時一緒に笑ったバカみたいな話の内容もすべておぼろげになって、思い出というきれいな名前の箱に雑多に詰め込んで、普段は思い出すこともない。それを知った高校時代の私は、今の私を恨むだろうか。

 

 

高校の同窓会の帰り道、楽しかったはずなのになぜか泣きたくなった。泣いたのは多分私の中にいた高校時代の私だと思った。それが悲しみの涙なのか、嬉しさの涙なのか、今の私は知ることができない、