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社内備品とうなぎパイ

アニメとか漫画とかゲームとか映画とか

根拠のない自信と無知の知

もう8年もたつってすごいね、なんていうメッセージがLINEで流れてきて、私たちが高校生だったあのころからかれこれ10年近くたっているんだなあ、とまるで大人みたいなことを思った。いや、まあ大人なんだけど。大人になった私たちは、大人みたいな顔をして旅行に行く企画を立てていて、ああもう本当にみんな大人なんだなと実感する。


たまに、高校生のころに戻りたいなと思うことがある。


私が女子高生だったあのころ、制服を着てヘッドフォンをして、音楽雑誌で特集組まれてたバンドの曲を大音量で聴きながら、学校からの帰り道をずんずん歩いていたあのころは、本当に怖いものなんか何もなかったし、やろうと思えば何でもできると思ったし、望むものは何でもいつかは手に入るものだと信じて疑わなかった。よくわからない、根拠のない自信があった。
あのころは何もわかっていなくて、だからこそわからないことがよくわかっていたような気もする。ソクラテスが言ってたやつみたいに。無知だということを知っているものは知らないことを知らない愚かものよりも賢い。高校生のころの私は無知だということを知っていた。今の私は知らないことを知らない。賢いものから愚かものへの華麗なる転身。根拠のない自信、無知の知、どこでそぎ落とされてしまったのだろう。


結構な頻度で、高校生のころに戻りたいと思う。


大学4年生で高校へ教育実習に行ったとき、担当教科が倫理だったので、私は高校生の前で無知の知について説明した。知らないことまで知っているような気がしているものは愚かである、そういった思い込みをしないものが賢い、それが無知の知です。高校生たちはぽかーんとする。教育者としては全くよくない、わかりにくい説明である気がしたけれど、私自身は何年かたてばみんな絶対にわかるからこれでいいと思った。(大半の大人は何でも知っているような気がしている愚かものなので、みなさんはそうならないようにしてください。私はその大半の大人になってしまいましたが。)って言いたい、と思ったけれど、変な実習生だと思われたくないという気持ちが勝ってすぐ黙った。若者の未来よりも自分の体裁を守る愚かな大人。ああ高校生のころに戻りたい。いや、まあ無理なんだけど。


大人が嫌というわけじゃない。大人でもいいことはたくさんあって、お給料をもらっていてお金があるので、なんと旅行に行くことができる。大人みたいな顔しながら子どもみたいなことしたい。