社内備品とうなぎパイ

アニメとか漫画とかゲームとか映画とか

わかることの方が少ないせいでいつもきょとんとしながら生きるほかないよ

コミュ障だと思う瞬間もあればそうでもないなと思うこともある。コミュ障の人間はきっと居酒屋でおっさんに話しかけたりなどしないだろうし、よく知りもしない人の家に上がることも恐らくない。でもきっとコミュ障じゃない人間は人に対して打算的な感情以外の感情を働かせるだろうし、人を物としてしかとらえられないというようなこともないだろう。というかコミュ障とかそうじゃないとかという問題でなく、私は人を人として扱うことがきっとできないのだと思う。自分自身に対しても例外でなく、私は人を粗末に扱うことしかできない。


冷たい人は嫌いだ。物理的な意味で。冷たい人と温かい人がいたら今が真夏だろうがここが赤道直下だろうが間違いなく温かい人を選ぶ。物理的な意味で。私は大概の人に嫌われない方法を知っているような気がしていて、どこのコミュニティに入ってもみんなからそこそこ気に入られるようにふるまっているような気がする。でもそうやって人への当たり方を均一化することで、傷つく人も少しはいるんじゃないかと思っていて、そういう人が現れないように極力心を開かないようにしてきたつもりだけど、私自身人の温もり?的なもの?に飢えている側面もないわけではないので、そういうときに便利に使える。という言い方は非常に良くないけどまあ私も使われている気がしなくはないので使えると言いますが、とにかく便利な関係を作り上げることに力を使っている部分もあるわけで、それはある意味相手を物として見ていると同時に自分のこともぞんざいに扱っていることに他ならないと思う。
減るもんじゃないしと思っていたらある日普通に減っていることに気付く。尊厳とか、価値とかそういう類のものが。温かい場所に一瞬でもいられるだけでいいのに、その願いをかなえようとすると私の場合尊厳とか価値とかがどんどん減っていく。いったいどこで踏み外したのかよくわからないけど、心を開かないまま愛されることなど絶対に、絶対にありえないのだとわかっているくせに私の心は全く開かない。開くことができない。ここが開いたらものすごく汚いものがわっと溢れ出してきて、私の近くに来てくれる人はいなくなってしまうような気がするから開けない。冷たいとか温かいとか言っている場合じゃない。
とりあえずは今のままでいいけど、そのうち今思っていることがとんでもなく気になりだして、落ち着かなくなったり今よりもっとひどい生活をしだしたりするような気がする。私は私のことを人として見られないからそれはそれで別にいいけど、それによって見下されたり罵倒されたりするのは嫌だな、ああこれは矛盾してるような気がするな。


私には十数年来本当に死んでほしいなと思っている人がいて、私自身の価値を上げることでその人よりも優位に立とうとして、自分の価値を下げるようなことをしてその人の価値をも貶めようとしているところがある。結局私は私自身の感情や過去の出来事やその他諸々他の人にとっては取るに足らないどうでもいいことに呪われていて、呪いを解く方法もわからないまま呪われた行動をただただ繰り返して死んでいくんだろう。心を開かない限り愛されない、自分を愛せない限り愛されない、人を愛せない限り愛されない、私は愛されない。私が求めている温かい場所なんてものは私には施されない。なぜなら権利がないからね。権利を得る方法もわからないし。ドラッグみたいに一瞬だけの温もりを得ながら自分をだましだましして死に向かっていくだけだろう。本当に本当に欲しいものは一生手に入らないようにできていると思うんだ。多分どこまで行っても。