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社内備品とうなぎパイ

アニメとか漫画とかゲームとか映画とか

スチューデンツ ウェア トレーナー

雑談

17歳のころは今考えたらなーんにもできない泥付き大根みてえな女子高生だったけどなぜか本気出せば何でもできる気がしていてある意味強い生き物だったように思う。ナウアイムセブンティーン、マイスクールイズインザカントリー、みたいな感じで、東京に居ながらにして校舎から見えるのは川、土手、そして川だったくせに、根拠のない全能感があって毎日とにかく楽しかった。文武両道を謳う要は中途半端な高校で、私は持ち前の頭の悪さを如何なく発揮して、クラスの中でもめちゃ低空飛行な成績を毎回叩き出しては、赤点を免れるために各教科の先生のもとへ行って直談判しに行くというような、そういうクソのような生活を送っていた。
今でもそうだけど当時から本当に人として必要な何かがごっそり欠落していたにも関わらず、中学時代はほぼゼロだった社交性を学習能力を持ってして17歳くらいのころにやっとときメモの初期パラメータくらいまで引き上げ、そのおかげで友達もまあまあたくさんできて本当に良かった。
なぜ私が高校生の時に頑張ってパラメータ上げしたのかというと、舐められたくなかったから、これ一点に尽きる。ていうかこれ一点しかない。

中学2年生の春、私は学校の授業に全くついていけなくなった。もともと学校を休みがちだったこと、夜眠れなくて授業中に寝ていたこと、ノートを取るという概念が理解できず、授業中起きていたとしてもぼーっとしていたこと、ぼーっとしているだけだと暇なので広げているノートにずっと絵を描いていたこと等が恐らくの理由として挙げられる。そもそも中学2年になる前、1年生の時からずっと怪しかった。比例反比例の授業で「このxという文字は、ミッフィーの口だなあ…」などとのんきに考えて練習問題をやらなかったり、日本地図をきれいに色塗りするのに夢中になりすぎて、なぜ愛知県を紫で塗るのか理解していなかったりしていた。記憶力もまるでなく、ただ覚えるだけの英語の単語テストでみんなが満点を取る中私だけ60点台とか、そんなことは本当に普通の出来事で、私もそれを普通のことだと思っていた。

ただ、母だけは違った。

中学2年生の春、比例反比例もできない私が1次方程式などという高等な技術を理解できるはずもなく、期末テストでとうとうこれまで見たこともないような低得点をはじき出した。それまで低得点を取るたびに母からなじられていた訳だけれど、その時ばかりは母も本格的にヤバいと感じたのだろう、私に向かって「今からお前を塾に入れてやる」と、まるでデーモン小暮のような口調で言い出した。
私は猛反発した。大体寝不足で昼間寝てるような奴が遅くまで塾に通っていいわけがない、放課後の有意義な時間を塾に割きたくない、と凄まじく駄々をこねた。母はそんな私を文字通り引きずりながら地元の塾まで連れて行き、晴れて私を薬局の上にある小さな塾に入塾させたのであった。
結果的にこの塾がとてもよかった。学校で受けた全国模試で数学の偏差値30台だった私が次の模試では50台になっていた。今まで自分がわからない箇所すらわからないボンクラだった私が公式の使い方や応用の仕方をクラスメイトに教えるまでになっていた。猿の惑星:創世記に出てくる猿並みの速度で急激に頭が良くなったのである。みんなからすごいねと言われた。先生にも言われた。塾長にも言われたし自分でも自分スゲエと思った。このとき初めて、努力を人から評価されること、努力により環境を改善していくこと、人から舐められないことの良さを知ったのだと思う。
そこからはトントン拍子で、そのまま順調に成績を伸ばしていった私は冒頭で述べた文武両道を旨とするつまりは中途半端な進学校に合格した。

ただコミュ力はゼロだった。

中学生時代の半分はとにかくずっと勉強ばかりしていた。勉強して成績が上がれば誰にもバカにされなかったしむしろすごいねと言われた。ただ、高校は違う。何せ、自分と同じくらいの学力の人間しかいないのだから、私のような中途半端付け焼き刃ガリ勉が今までと同じような努力をしたところで、すごいねとは言われないし環境改善しないしむしろ悪化の一途をたどってまた舐められ生活に戻るだけなのである。しかもコミュ力ゼロ。加えて根暗。そしてブス…

勉強の次は社交性だな、と思った。とにかく周りと仲良くしないとヤバい、私は舐められたくない、あいつ勉強はできないしパッとしないけどいい奴だから憎めないよね、みたいなキャラにならないとマズイ!!!! そういう不埒な思いを抱きながら自分なりに学習すること十数ヶ月、私はやっと、やっと望んでいたポジションに収まることができたのである。勉強は、もちろんできなくなっていた。ていうか、多分もともと勉強ができないから、元に戻ったという方が正しい気もする。

高校生の時にできた友達は面白い人たちばかりで、本当にあの時に頑張って社交性を発揮しておいてよかったなと心から思う。動機は不埒でも、それによって今現在特に後悔するようなこともないし、ちゃんと社会人になれてるし、お金稼げてるし、まあいいんじゃないのかなと思ってる。努力っていいよね。私案外好きよ。なぜかあんまりそう思われないけど。