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社内備品とうなぎパイ

アニメとか漫画とかゲームとか映画とか

雑記

勝手に決めるな、と言いたい。


先週はいつの間にかお客さんとの会議を入れられていて、その時間に次の日の訪問に必要な資料を作るはずだった私の計画は崩れた。この間は勝手に接待の予定を突っ込まれ、昨日も勝手に予定表に会議を入れられた。
私の行動を私の了承も得ずにコントロールしようとするんじゃねえ、と言いたい。


だいたい、勝手に決める人が多すぎる。幸せの基準とかは特にだ。
私は自分自身を幸せだと思っているのにグイグイもっと幸せになれるよ論を展開してくる宗教勧誘みたいな人の多いこと多いこと、そういう人がいなくなるだけでいくらかストレスも減るんじゃないかと思う。だいたい幸せなんて比較でしか測ることのできないふわふわしたものを、世話焼きなんだかなんだか知らないけど勝手にオリジナル物差しで計測して、辛いでしょとか寂しいでしょとか悲しいでしょとかもっとこうすれば幸せになれるよとか楽しくなれるよとか、私いつあなたに人生相談しましたか? 状態。私の気持ちを私の了承も得ずにコントロールしてる気になってるんじゃねえ、と言いたい。


私は私の好きなことしかしないし、好きなことばかりやってるこの人生は幸せだと思っている。そのせいで迷惑かけられてます、という苦情なら真摯に聞くけれど、そのままじゃダメだよぉ、みたいな話は本当に聞きたくない。うるせえなとしか思わない。お前は私の人生の赤ペン先生なのか? いつ採点しろと頼んだ?


自分と違う他人を否定することで自分が優位に立ちたいとか、自分を肯定したいだけなんじゃないの?

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最近はこんなことばかり考えている。他人に対して思っていることでもあり、自分に対して思っていることでもある。数値ではっきりと大小のわかることばかりではなく、多くのことはふわふわとしていて基準のないものばかりで、他の人や過去の自分と比較することでしかわからなくなってしまうことだらけだ。そこに否定されたくないとか優位に立ちたいとかの欲も混ざり合って、何だかわけのわからない何かに追い立てられているような、そんな気がしてならない。あなたのためを思って、なんて、何ておこがましい言葉だろう。そう言うことで自分を守っているのだ。自分しか守れない言葉を、あたかも目の前の人を守るかのように使ってばかりだ。


こんな格好悪い生き方しかできないんだろうか。四半世紀も生きてきて、こんな風にしか。