社内備品とうなぎパイ

アニメとか漫画とかゲームとか映画とか

チーズを使った料理をもれなくレンジで大爆発させるアビリティを持つ私である

食堂でAランチを食べている私に同僚が「ああやっぱりそうだよね、岩さんは今日絶対A選ぶと思ったわ」と声をかけてきてああそうだ私はこの同僚に心を読まれているのだと唐突に思い出した。同僚は私が選ぶ定食をひそかに観察していてある程度の傾向をつかんでいるらしく、その的中率はほぼ100%と言っても過言ではない。私がメニューを選ぶ前に私が選ぶであろうメニューを指摘してくるレベルにまで達している。ランチ占いとかやったらいいんじゃないだろうか。私しか当たらないし私しか利用しないし、ていうか私もそこまで利用しないと思うけど、「今日のカレーはタイカレーだよ」って言われたりとかしたらなんかタイカレーの列に並ぶ気がする。だって私はタイカレーが好きだから。

とにかく今日、そんな同僚と昼ご飯を食堂で食べていた昼下がりのことである。「やっぱ女の子ってのはァ〜、かわいさときれいさとが同時に成立してる子が俺的には好きだよねェ〜」という声が聞こえてきた。なぜかそこだけめちゃくちゃ明確に聞き取れた。Aランチのメインはチキンチーズカツで、それを私は夢中でまりまり食ってたわけだけど、そこだけはっきりくっきり聞こえたので、思わず箸を止めてしまった。
声はすぐ隣から聞こえてきた。私の隣に座る男が「やっぱ女の子ってのはァ〜、かわいさときれいさとが同時に成立してる子が俺的には好きだよねェ〜」と言ったのだ。何がやっぱなんだ。その50Aの歌詞みたいな文章はなんだ。誰に語りかけてるんだ。と思ったら、隣の男は向かいの女に話しかけているようだった。辛うじて電波さんではなさそうでよかったけれど、男の向かいに座るかわいさもきれいさも成立していない出っ歯の女はこの男の「やっぱ女の子ってのはァ〜、かわいさときれいさとが同時に成立してる子が俺的には好きだよねェ〜」という発言をどうとらえているのだろう。
男の方も確認しよ〜、と思ってちらっと見たら全然かっこよくない普通のおっさんでちびるかと思ったけど私は大人だからすんでのところで止め、落ち着いてみそ汁を飲みながら静かに隣の男女の会話に耳を傾けましょうね…と思ったんだけど、なんかそのあと全然聞こえなくなったので食べることに集中することにした。チキンチーズカツはうまい。

2015年最後の最後でショックだった出来事

妹のTwitterをフォローしているのですが、ある日こんなつぶやきが流れてきて驚愕しました。

妹が自身の嫌いなものを羅列しているんですが
あれ、よく見ると…

ナチュラルに入り込む「姉」の文字

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妹よ、あなたは私が4歳の時に生まれました
生まれたばかりのあなたと病院で初めて会った日のことを今も覚えています
私は小さなころからビビりでしたがあなたは天真爛漫で破天荒だったので思い切った行動が多く
「お姉ちゃんの方は普通だけどこの子はきっと将来すごいことをする人間になるぞ」と
親戚の大人がやいのやいの言っていましたね


妹よ、あなたが小学校に上がった時に私は小学校4年生だったわけですが
休み時間に何回か私の教室までやってきてなぜか私の同級生の持ち物をめちゃくちゃにして帰っていきましたね
あなたが飯田くんの鍵盤ハーモニカを勝手に吹き散らかしたせいで私は飯田くんから嫌悪の目で見られるようになりました
あの日のこと、覚えていますか…?


妹よ、小学生のころ私があなたをこき使って漫画を買いに行かせたときに
あなたがエスカレーターでこけて足を捻挫したことがありますが
あなたはあの時のことを根に持って今でも死ぬほど責めてきますね
でも私も怒り狂ったあなたに腕の骨を折られそうになったことがあります
私は責めたりしませんが、てこの原理を利用して腕の骨を折られそうになったことがあります
なつかしいですね


妹よ、あなたが大学生になってバイトや部活に明け暮れ始めた時にちょうど私は社会人1年目とかその辺で
私が家族の中で一番帰るのが早かったので夕飯を作るのは大抵私だったわけですが
あなたは私が作った料理を平らげた後に文句を言ったりするので私は2回ほど本気で泣きました
あの時のあなたのうざそうな顔を忘れることはありません
私が夕飯係だったあの頃のことがなぜか今あなたの中ではなかったことになっていて
あなたの中で私は料理しない女みたいな感じになっていますが
人並みに料理はできますし、何ならあなたも恩恵を受けているはずなので
思い出してくれるとお姉ちゃんはうれしいです


あと人が買ってきたお菓子を勝手に食べるのはやめた方がいいと思います

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別に私は嫌いじゃないんだけどなんとなく童貞と並んでるのは複雑な気持ちになる

メイプル超合金のカズレーザーに憧れている

「私が今いる世界は偽物で、今食べているご飯も私がご飯だと思い込んでいるだけで実はただの砂で、私が話しかけているつもりのお母さんは実はその辺に植わっている樹で、家にいるつもりだけど実はそこには何もなく、世界には私一人しかいなくて、私は脳に異常をきたしていてすべて幻を見ているだけなんじゃないか」


と、小学生から中学生の9年間くらいに渡って思っていて、その事実が悲しすぎてたまに泣いたりしてたんですけど、高校生になってからは別に今が面白ければ幻でもなんでもどうでもよくね? というネガティブなんだかポジティブなんだかよくわからない心境になり、大人になった今は「すべて幻であれ」と思っています。


あと、最近知ったことなんですけど、上記挙げた「実は世界は幻である説」、統合失調症の人が陥る妄想によく似ているらしいので、大人になっても引きずってる感じじゃなくてよかったなって、そう思います。


現場からは以上です。

わかることの方が少ないせいでいつもきょとんとしながら生きるほかないよ

コミュ障だと思う瞬間もあればそうでもないなと思うこともある。コミュ障の人間はきっと居酒屋でおっさんに話しかけたりなどしないだろうし、よく知りもしない人の家に上がることも恐らくない。でもきっとコミュ障じゃない人間は人に対して打算的な感情以外の感情を働かせるだろうし、人を物としてしかとらえられないというようなこともないだろう。というかコミュ障とかそうじゃないとかという問題でなく、私は人を人として扱うことがきっとできないのだと思う。自分自身に対しても例外でなく、私は人を粗末に扱うことしかできない。


冷たい人は嫌いだ。物理的な意味で。冷たい人と温かい人がいたら今が真夏だろうがここが赤道直下だろうが間違いなく温かい人を選ぶ。物理的な意味で。私は大概の人に嫌われない方法を知っているような気がしていて、どこのコミュニティに入ってもみんなからそこそこ気に入られるようにふるまっているような気がする。でもそうやって人への当たり方を均一化することで、傷つく人も少しはいるんじゃないかと思っていて、そういう人が現れないように極力心を開かないようにしてきたつもりだけど、私自身人の温もり?的なもの?に飢えている側面もないわけではないので、そういうときに便利に使える。という言い方は非常に良くないけどまあ私も使われている気がしなくはないので使えると言いますが、とにかく便利な関係を作り上げることに力を使っている部分もあるわけで、それはある意味相手を物として見ていると同時に自分のこともぞんざいに扱っていることに他ならないと思う。
減るもんじゃないしと思っていたらある日普通に減っていることに気付く。尊厳とか、価値とかそういう類のものが。温かい場所に一瞬でもいられるだけでいいのに、その願いをかなえようとすると私の場合尊厳とか価値とかがどんどん減っていく。いったいどこで踏み外したのかよくわからないけど、心を開かないまま愛されることなど絶対に、絶対にありえないのだとわかっているくせに私の心は全く開かない。開くことができない。ここが開いたらものすごく汚いものがわっと溢れ出してきて、私の近くに来てくれる人はいなくなってしまうような気がするから開けない。冷たいとか温かいとか言っている場合じゃない。
とりあえずは今のままでいいけど、そのうち今思っていることがとんでもなく気になりだして、落ち着かなくなったり今よりもっとひどい生活をしだしたりするような気がする。私は私のことを人として見られないからそれはそれで別にいいけど、それによって見下されたり罵倒されたりするのは嫌だな、ああこれは矛盾してるような気がするな。


私には十数年来本当に死んでほしいなと思っている人がいて、私自身の価値を上げることでその人よりも優位に立とうとして、自分の価値を下げるようなことをしてその人の価値をも貶めようとしているところがある。結局私は私自身の感情や過去の出来事やその他諸々他の人にとっては取るに足らないどうでもいいことに呪われていて、呪いを解く方法もわからないまま呪われた行動をただただ繰り返して死んでいくんだろう。心を開かない限り愛されない、自分を愛せない限り愛されない、人を愛せない限り愛されない、私は愛されない。私が求めている温かい場所なんてものは私には施されない。なぜなら権利がないからね。権利を得る方法もわからないし。ドラッグみたいに一瞬だけの温もりを得ながら自分をだましだましして死に向かっていくだけだろう。本当に本当に欲しいものは一生手に入らないようにできていると思うんだ。多分どこまで行っても。

学歴コンプは連鎖する

職業柄、大学生からいろいろ話を聞くことが多く、今時の学生はそんなこと考えてんだね、って思うことがたくさんあるんですけど。

職業柄、大学生っつってもどちらかというと偏差値高めっていうか、そういう大学に通っている学生から話を聞くことの方が多くて、今時の大学生っていうか、今時の頭がいいとされている学生はそんなこと考えてんだねって思うことがたくさんあるという言い方の方が正しいのかな。とにかくそんな感じなんですけど。

本当にね、頭の良い悪いってなんなんだろうなーって思うんですよ。

自慢じゃないけど私が卒業した大学は有名な底辺大学で、とにかくお前の通ってる大学はバカ大学だF欄だと言われたものです。母方の親戚連中の出身大学の中では下から2番目に偏差値の低い大学でした。ちなみに下から1番目は私の妹の大学です。父方の方はほとんど高卒か中卒なので自動的に上位に食い込むこととなりますが、大学生時代は既に父とは家族でなかったのであんまり関係ない。

で、やっぱり偏差値の低い大学に通ってる人たちってそれなりにそれなりの人が多くて、いやもちろんよく考えてる人とか頭の良い人とかもいるんですけどそういう人の割合が圧倒的に低い。私が大学に入って初めて喋った子はツタンカーメンという単語を知りませんでしたし、同じクラスの子の中には日本語の長文が読めないという子もいました。お前ら、どうやって試験を突破したんだよ。

そんな大学に通う学生たちも3年生になったら就職活動をしなくてはならないんですけど、我々の年はリーマンショックの影響をもろに受けたいわゆる就職難と呼ばれる年でした。底辺校の学生でいい企業に行けるやつなどいるわけがなく、名前も聞いたことのない地方の旅行会社や居酒屋チェーンやパチンコの会社に行ければまだ良い方で、就職留年とか、フリーターとか、もはや音信不通になるとか、そんなんばっかだった。音信不通の人は今でも音信不通。元気なのかな。まさか死んでんのかな。
底辺校ではそういう地獄みたいな感じだったんですけど、でも他のいわゆる上位校と呼ばれる大学に通ってる人たちはそんなこともなく普通に名の通った企業に入社できてたりしたんで、ハーやっぱり偏差値高い人たちは違いますねと思ったものです。

で、今、頭の良い学生たちの話を聞いて思うんですけど。偏差値って目安だなって。

今私と喋ってるこの子たちはツタンカーメンのことは知ってるし日本語の長文だって普通に読めると思う。でもそれは目安としての偏差値があるからそうだろうなって思うだけで、本当にその子たちがツタンカーメンのことがわかるか、日本語の長文が読めるかは聞いて確かめない限りわからないわけですよね。言いたいことわかります?

ツタンカーメンのこと知らなかったあの子だって人体の器官については詳しかったわけだし、日本語の長文が読めない子は英語の長文なら読めたわけなんですけど、偏差値低いなら何にも知らないだろって、やっぱり思いがちじゃないですか。いや、いろんな学生と話してみて、もちろん自分の学生時代とか振り返ってみても、偏差値低かろうが高かろうが、みんな知ってることは知ってるし、知らないことはマジで知らないんだなっていう、ただそれだけのことなんですけど、知ってることの多少の偏りとか、定着しやすいかそうでないのかっていうのを計る目安として偏差値っていうのがあるだけで、イコールそれが人間としてのレベルではないというか、見下したり見上げたりするようなことでもないよなって今思ってるんですけど。

正直、大学生集めたところで誰が上位校の人間なのかわからないんですよ。
言ってる内容で判断することが案外できないんですよ。
それは本当に差がないからなのか、私がバカだからなのかがちょっとよくわからないんですが。

疲れたのでこのへんにします。

スチューデンツ ウェア トレーナー

17歳のころは今考えたらなーんにもできない泥付き大根みてえな女子高生だったけどなぜか本気出せば何でもできる気がしていてある意味強い生き物だったように思う。ナウアイムセブンティーン、マイスクールイズインザカントリー、みたいな感じで、東京に居ながらにして校舎から見えるのは川、土手、そして川だったくせに、根拠のない全能感があって毎日とにかく楽しかった。文武両道を謳う要は中途半端な高校で、私は持ち前の頭の悪さを如何なく発揮して、クラスの中でもめちゃ低空飛行な成績を毎回叩き出しては、赤点を免れるために各教科の先生のもとへ行って直談判しに行くというような、そういうクソのような生活を送っていた。
今でもそうだけど当時から本当に人として必要な何かがごっそり欠落していたにも関わらず、中学時代はほぼゼロだった社交性を学習能力を持ってして17歳くらいのころにやっとときメモの初期パラメータくらいまで引き上げ、そのおかげで友達もまあまあたくさんできて本当に良かった。
なぜ私が高校生の時に頑張ってパラメータ上げしたのかというと、舐められたくなかったから、これ一点に尽きる。ていうかこれ一点しかない。

中学2年生の春、私は学校の授業に全くついていけなくなった。もともと学校を休みがちだったこと、夜眠れなくて授業中に寝ていたこと、ノートを取るという概念が理解できず、授業中起きていたとしてもぼーっとしていたこと、ぼーっとしているだけだと暇なので広げているノートにずっと絵を描いていたこと等が恐らくの理由として挙げられる。そもそも中学2年になる前、1年生の時からずっと怪しかった。比例反比例の授業で「このxという文字は、ミッフィーの口だなあ…」などとのんきに考えて練習問題をやらなかったり、日本地図をきれいに色塗りするのに夢中になりすぎて、なぜ愛知県を紫で塗るのか理解していなかったりしていた。記憶力もまるでなく、ただ覚えるだけの英語の単語テストでみんなが満点を取る中私だけ60点台とか、そんなことは本当に普通の出来事で、私もそれを普通のことだと思っていた。

ただ、母だけは違った。

中学2年生の春、比例反比例もできない私が1次方程式などという高等な技術を理解できるはずもなく、期末テストでとうとうこれまで見たこともないような低得点をはじき出した。それまで低得点を取るたびに母からなじられていた訳だけれど、その時ばかりは母も本格的にヤバいと感じたのだろう、私に向かって「今からお前を塾に入れてやる」と、まるでデーモン小暮のような口調で言い出した。
私は猛反発した。大体寝不足で昼間寝てるような奴が遅くまで塾に通っていいわけがない、放課後の有意義な時間を塾に割きたくない、と凄まじく駄々をこねた。母はそんな私を文字通り引きずりながら地元の塾まで連れて行き、晴れて私を薬局の上にある小さな塾に入塾させたのであった。
結果的にこの塾がとてもよかった。学校で受けた全国模試で数学の偏差値30台だった私が次の模試では50台になっていた。今まで自分がわからない箇所すらわからないボンクラだった私が公式の使い方や応用の仕方をクラスメイトに教えるまでになっていた。猿の惑星:創世記に出てくる猿並みの速度で急激に頭が良くなったのである。みんなからすごいねと言われた。先生にも言われた。塾長にも言われたし自分でも自分スゲエと思った。このとき初めて、努力を人から評価されること、努力により環境を改善していくこと、人から舐められないことの良さを知ったのだと思う。
そこからはトントン拍子で、そのまま順調に成績を伸ばしていった私は冒頭で述べた文武両道を旨とするつまりは中途半端な進学校に合格した。

ただコミュ力はゼロだった。

中学生時代の半分はとにかくずっと勉強ばかりしていた。勉強して成績が上がれば誰にもバカにされなかったしむしろすごいねと言われた。ただ、高校は違う。何せ、自分と同じくらいの学力の人間しかいないのだから、私のような中途半端付け焼き刃ガリ勉が今までと同じような努力をしたところで、すごいねとは言われないし環境改善しないしむしろ悪化の一途をたどってまた舐められ生活に戻るだけなのである。しかもコミュ力ゼロ。加えて根暗。そしてブス…

勉強の次は社交性だな、と思った。とにかく周りと仲良くしないとヤバい、私は舐められたくない、あいつ勉強はできないしパッとしないけどいい奴だから憎めないよね、みたいなキャラにならないとマズイ!!!! そういう不埒な思いを抱きながら自分なりに学習すること十数ヶ月、私はやっと、やっと望んでいたポジションに収まることができたのである。勉強は、もちろんできなくなっていた。ていうか、多分もともと勉強ができないから、元に戻ったという方が正しい気もする。

高校生の時にできた友達は面白い人たちばかりで、本当にあの時に頑張って社交性を発揮しておいてよかったなと心から思う。動機は不埒でも、それによって今現在特に後悔するようなこともないし、ちゃんと社会人になれてるし、お金稼げてるし、まあいいんじゃないのかなと思ってる。努力っていいよね。私案外好きよ。なぜかあんまりそう思われないけど。

英語やれやれって言われる

私一応会社員なんですけれど、やたら外国人が多い企業に勤めておりまして、社内の資料とか、大きい会議とかでは英語を使うのが通常みたいなところにおるんですけれども、その中で感じていることというか、社内公用語が英語の会社っていったいどうなの、みたいなところを書いていければなんて思っているんですけれども。

といいつつも日本企業なので、役員とか日本人多いし、私の部署で「アイキャンスピークイングリッシュオンリー」みたいな人はいないわけで、通常業務の中で英語を話す機会なんて特になく、まあ全社送信メールとか社内レギュレーション資料とかは英語なんですけど一応中高大学と英語の授業受けてきた身でもあるので別に読めなくはない。だから特に支障はない。わからない言い回しとかは近くにいる英語できる人に聞けば大丈夫なので問題ない。

ああでも社員食堂は困るかもしれません。メニューが全部英語で書かれてるんですけど、たまにマジでなんなのかわからない定食とか具材がある。魚の名前も英語だから、なんの魚なのかわからないまま食べてることとかよくある。Red fishってなんだろう…とか思いながら列に並んだりとかしてて、食べてみて初めて「ああ…キンメダイか…」ってなるみたいなことはザラにある。Grilled pork with ginger、とか書いてあって、おしゃれそうな料理だなと思ってたら豚の生姜焼きだったりするし、いやそれちょっとなんか違くない? 焼いた豚肉生姜添えみたいになってない? みたいな。その辺は結構困るかもしれない。いや、慣れますけど。

そんなことより、どんなことより、私が一番困るなと思ってるのが、「英語ができる日本人」である。

私は今の会社に中途で入社したのですが、私と同時期に中途入社でやってきた社員というのが60人近くおりまして、半分以上外国人なんですけど、入社してすぐその方々とオリエンテーションしたんです、全部英語で。
6人ずつくらいでグループを組みまして、私が所属していたグループは偶然にも全員日本人だったんですね。で、私は英語喋れないんですけど、そのうちの2人が英語喋れるわけ。いやもうすごいね、ってなるわけ。
で、オリエンテーションで、ある課題についてグループ内でディスカッションしてください、で、後から発表してください、っていうのがありまして、私のグループは皆日本人なので、ディスカッション自体は日本語でやったんです。その方が皆意見言えるから。
ただもちろん、発表は英語になるので、英語喋れる人が発表してくれって話になるんですけど、やっぱり英語喋れる人って積極的な人が多いから、いいよ!なんつって、二つ返事でOK出してくれて、いや助かるな〜とか言ってたんですけど。

こいつがもう壊滅的に日本語の理解力ないんですよ。

みんなで話している内容をもうミリほども理解できてない。私はこう思う!ってことはいっちょ前に言うんだけど、いやでもこれこれこういう問題があるからそれは通らないでしょ? というような意見がもう理解できない。なんで? わかんない! とか言う。いやお前がわかるわからないは置いといて、とりあえずこの結論を発表してくれよ、つって渋々そいつが英語で発表するんだけど、もう英語ができない私でも、全然話してた内容と違うこと言ってるなこいつ、っていうのが丸わかりな上、自分の言ってることがまずわかってないからすんげえしどろもどろになってて、どれくらいヤバいかっていうと「なんだその結論…このグループ大丈夫か…?」的な他グループからの視線が痛いくらいのヤバさ。英語できてもこれじゃダメだろ、って英語公用語の会社入社1日目で痛感した。

実は英語ができなくてもちょっとした単語とあと仕事内容理解してればたいてい何とかなる。それは相手も一緒で、英語でチャット飛んできてもなんとなく内容がわかるし、それに対して日本語で返しても向こうもなんとなく理解してくれて、普通に業務は進行できる。仕事する上では英語の力よりも理解力というか、察する力というか、空気読む能力の方が必要な気がする。

そんな感じです。